終戦記念日に想う

2013-08-15-yoshida日本がこの日を迎えるのも、68回目となりました。
僕は生まれが同じ月と言うこともあり、小さい頃から自分にそう遠くない存在としていつも戦争という言葉があったような気がします。父が経験者ですし、祖父母も経験者でした。僕が戦争に興味を持っていたからこそかも知れませんが、よく当時の話しをしてくれましたが、そのリアリティというのは経験したことのない僕には自分の経験から考える最悪の状態以上であることしか認識できなかったと思います。
最近、映画の技術が進歩したお陰でリアリティを追求した作品が多いですが、それらを見てから当時の話しを思い出すに、とても自分が今いる世界で起こった事実としては受け入れがたいものでした。

いま、自民党は日本国憲法に規定されている集団的自衛権の解釈(いわゆる9条解釈)をはじめこれに関係する現行憲法の根本思想を変えようとしています。
東洋経済の記事を引用しますが、

その自民党草案は、①「日本国民は」で始まる前文を「日本国は」で始まる形に、②天皇を元首に、③国旗・国歌の規定を新設、④第9条2項で「自衛権の発動」を明文化、⑤国防軍の規定を追加、⑥「環境保全の責務」の規定を新設、⑦「緊急事態」の章を新設、⑨改正の発議要件を「衆参総議員の過半数」に変更、といった点が大きな変更部分だ。
「自民党はいろんな意見を聞き、議論を重ねて憲法草案をつくった」と麻生氏は胸を張るが、「素朴な疑問」がいくつもある。「日本国民」よりも「日本国」を重視する前文になぜ変えるのか、国旗・国歌の規定をなぜ「第1章 天皇」に入れるのか、基本的人権の本質を謳った第97条をなぜ全面削除するのか、現憲法の欠陥という指摘が多い統治システムの見直しになぜ手を付けないのか。他にも疑問点は多く、全体として生煮えの感が強い。

http://toyokeizai.net/articles/-/17098

大きな枠としての改憲を否定するつもりはないのですが、記事の通り今の案では到底受け入れられない。日本国民であることを捨てた方がましだとさえ思います。日本は今まで大きな過ちを犯し、それを認識し、受け入れ、後世に伝える努力をしたその結果の1つが、現在の憲法の前文に表れていると思います。その1文字1文字がどれだけの人々の命がかったものなのかを本当に受け止めているのでしょうか。多くの人と議論するだけでは歴史を反映させることはできません。作成に携わる全ての人間が、つまり全国民がこれを認識し、思いを馳せ、時間を掛けて紡ぎ出してはじめて今の人間が産みだすべき憲法が生まれるのだと思います。

日本が世界に誇れる国民性を大切にした議論が進むべきだと強く思います。

*自民党 憲法改正案
ページ 改正案(PDF) 解説(PDF)

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